色葉ひたち
幻の初恋 番外編 ~ケイ視点~
第10話 約束
今日はレンを閉じ込めたから、レンはきっと怒っているだろうと、ケイは思った。
レンのいる部屋に入ると、案の定、レンがすぐに駆け寄って来て、ケイに詰め寄った。
「どうして鍵を掛けたんだ? 俺をリョクと会わせないためか?」
「今は会わせる事ができない。だけど、後で絶対に会わせるから、信じて欲しい」
「本当に?」
「ああ。約束する」
「リョクは、どんな様子だ?」
「取り調べもあったし、疲れた様子だけど落ち着いてるよ」
「そうか……」
「だから、心配しないでくれ」
「…………」
レンは、むっとした表情を浮かべていた。
「どうした?」
ケイが尋ねると、レンはケイを睨んだ。
「黙って鍵を掛けるのはひどい……」
ケイは慌てて、
「だって、前の事があるから。レンが無理にジョ・リョクに会おうとして、騒ぎを起こすんじゃないかと心配で……」と弁解した。
「でも、閉じ込められたりしたら、俺はケイの所有物なのかなって思ってしまうよ」
ケイは首を振った。
「私は、レンを所有物だなんて思っていない。だけど……」
「だけど?」
「レンの事を独り占めしたくて仕方がない」
「――――!」
ケイの正直な言葉に、レンが顔を赤らめた。
「だって私は、レンの事が好きなんだ。だから、ジョ・リョクの事ばかり優先されるのはいやだ。レンも私を好きなら、もっと私を優先して欲しい。それに、ジョ・リョクは……。彼は、本気でレンの事が好きだろう?」
レンはリョクの気持ちに気付いているのだろうか。
レンは、
「どうして、そう思うんだ?」と逆に訊いてきた。
「彼がレンを見る目は、友だちを見る目じゃなかった。それに、私に対して嫉妬心むき出しだった。あれは演技ではない。今回の事だって、いくら友だちのためだからと言って、ここまでできるわけがない。レンは気付いてなかった?」
レンは一瞬間を置いて、
「……リョクは、友だちだよ」と答えた。
ケイは首を振った。
「いや、絶対に違う。ジョ・リョクは絶対にレンに本気だった」
「そんな事は……」
「いや、これは絶対に間違いない。だから、いやなんだ。レンがジョ・リョクと会うのは」
レンが、はっとした様子でケイを見た。
「やっぱり、俺を閉じ込めたのは、それが一番の理由か?」
ケイは慌てた。嫉妬心のためだけにレンを閉じ込めたと思われては困る。
「それは違う。本当にレンが心配だったからだ。ちゃんと時を見て、必ずジョ・リョクと会わせるよ」
「そう、か……」
ケイはレンに近づき、レンを抱きしめた。
「だから、私が心配になるような事はしないで欲しい」
「分かった」
レンはケイにそう答えた。
ジョ一家の取り調べが本格的に始まった。
コウが毎日、取り調べの経過をケイに報告しに来る。
ジョ・ハクと皇后は、自ら語ろうとはせず、取り調べにかなり難航している。一方、リョクはすべてを包み隠さず自供しているとの事だった。
それを聞いて、ケイはほっとした。
「ジョ・リョクは自ら投降したし、すべてを話しているから、情状酌量ができそうだな」
「はい。問題ないかと存じます」
「なるべく軽い刑になるように取り計らってくれ」
「限界はありますが、そのように致します」
「ジョ・リョクに何かあったら、レンに一生恨まれてしまうからな。レンとの初夜は、ジョ・リョクを助けられるかどうかに掛かっているのだから」
「…………」
「どうした?」
「いえ。陛下は賢君でいらっしゃるのに、ソウ・レンの事になると途端に……なんといいますか、馬鹿になられるので」
ケイはコウを睨んだ。
「皇帝に向かって馬鹿とはなんだ」
「口が過ぎました。お許しください」
コウは逃げるように、その場を去って行った。それを見て、ケイは吹き出した。
「確かに、そのとおりだな」
コウの言うとおり、ケイが感情的に行動をしてしまうのは、レンに関する事だけだ。ケイが心を揺さぶられ、どうしようもなく惹かれるのはレンだけだった。
その夜、レンの部屋へ行くと、レンは見るからに元気がなかった。ケイが心配していると、レンが切り出した。
「少しでいいから、リョクに会わせてくれないか?」
その言葉に、本当にレンはリョクの事ばかりだと、ケイは思った。
「そんなに、会いたいのか?」
「ああ。どうしてるか心配で、耐えられない」
リョクの傷はだいぶ癒えたから、今の状態なら会わせても問題ないかもしれない。
ケイは、
「分かった」と答えた。
すると、レンは本当にうれしそうな顔をした。
「本当に?」
リョクに会えるのがそんなにうれしいのかと、ケイは内心おもしろくなかった。ただ言う事をきいてやるのも癪に障る。
ケイは、ふと思いついて、
「ああ。その代わり……」と言うと、レンの手をつかんで、レンを寝台の方へ引っ張って行った。
レンは慌てた様子で、
「待って。俺を、その、……好きにするのはリョクを助けてからじゃないのか?」と言った。
ケイは、レンの両肩をつかんで寝台に座らせ、自らもその隣に座った。
「そうだ。だから、レンからしてよ」
「え?」
「レンから口づけしてくれたら、ジョ・リョクと会わせる」
「ええ⁈」
「どうする?」
今まで、レンとの口づけはいつもケイが主導していた。口づけだけではない。すべてがいつも自分からで、本当にレンがケイの事を好きでいてくれているのか、自信が持てなかった。レンはケイよりもリョクを優先させる事が多いからなおさらだ。たまには、レンの方から自分を求めて欲しい。
レンは恥ずかしそうにケイから目を逸らしながらも、
「分かった」と答えた。
ケイはドキドキしながらレンの口づけを待った。レンはケイに顔を近づけると、ケイの唇に唇を重ねてきた。もうそれだけで、ケイの心臓は破裂しそうになった。しかも、レンはただ唇を重ねるだけでなく、徐々に口づけを深めてきた。レンが滑らかに舌を絡ませてきたので、ケイはそれに応えた。
《良すぎる……》
二人は夢中で口づけをした。ケイは、いつまでもずっとこうしていたかった。いや、もっと深く、レンとつながりたくなっていった。
レンが離れると、ケイはたまらずに、レンの両腕をつかみ、レンをそのまま寝台に押し倒した。そして、レンを見下ろし、
「もういいだろう? 本当はレンだってしたいんだろう?」と言った。
こんな口づけをするのだから、レンも欲情していないはずがない。互いが求め合っているのだから、その本能に従えばいいだけだ。
しかし、レンは、
「ダメだ。約束だろ?」と断って来た。
そこは頑ななのだなと、ケイは感心と落胆が入り混じった感情を抱き、ため息をついた。
ケイが体を起こすと、レンも起き上がった。
レンは、
「これでリョクに会わせてくれるよな?」とケイに言ってのけた。
先ほどまでの魅惑的な態度との落差に、ケイは驚くと同時に、腹立たしさも覚えた。
「レンはひどいな」と、本音でため息をついた。しかし、約束だから仕方がない。
ケイは、
「分かったよ。明日、準備ができたら呼びに来させるから、待ってて」とレンに言った。