top of page

幻の初恋 番外編 ~ケイ視点~

最終話 初恋の人

 ジョ一家の刑が確定した。ジョ家はすべての家禄を取り上げられ、側室三名を殺害したジョ・スイは廃妃のうえ賜薬、謀反を企てたジョ・ハクは極刑となった。自ら投降し、罪を認めたジョ・リョクは、情状酌量され、官位剥奪のうえ、都を追放される事となった。
 ケイは、リョクの命を救う事ができて安堵した。これで、レンに恨まれることはないし、今度こそレンの身も心も自分の物にできる。
 ケイはコウに、
「ジョ・リョクが去る前にレンが面会できるよう手配してくれ」と命じた。
「かしこまりました」
 コウは答えたが、もの言いたげな表情だ。
「何だ?」
「いえ、この国を亡ぼす事ができる者がいるとしたら、それはソウ・レンであろうなと思いまして」
 ケイは笑った。
「何を言っている」
「陛下はソウ・レンのためになら何でもなさりそうな気がします」
「確かに、するな」
「ソウ・レンが、城が欲しいと言ったら、国中に城を造りそうです」
「ハハ。レンがそういう人間ではなくて幸いだったな」
「まったくです」
 コウは頭を下げ、部屋を出て行った。
 リョクが都を出る日。
 レンとリョクとの面会が終わる時間を見計らって、ケイは様子を見に行った。
 すると、ちょうどレンがリョクを見送るところだった。レンは名残惜しそうに、去って行くリョクの後姿を見送っている。
 レンが後ろを振り返り、ケイの姿に気が付いて、驚いた様子で声を上げた。
「ケイ? いつからそこにいたんだ?」
「ジョ・リョクとはちゃんと話できた?」
「ああ。できたよ。ありがとう」
「これでもう、心配事はないな?」
「ああ」
 レンが答えると同時に、ケイはレンに歩み寄り抱きついた。もう本当にこれで、レンとの仲を邪魔するものは何一つない。
「ちょっと、ケイ」
 レンは慌てた様子で、ケイを引き離した。この期に及んで拒否するのかと、ケイはむっとした。
「レンはいつも冷たいな。本当に私の事が好きなのか?」
「好きだよ! だけど、人目につく場所でいきなり抱きつくとかまずいだろ?」
 レンは、警戒した様子で辺りを見回した。
 ケイは、周りの目なんて気にする事はないのに、と内心思った。
「大丈夫。そのうちみんなこれが普通になるから」
「公表されたとしても、人前では恥ずかしいんだけど」
「いいじゃないか。それより、約束は覚えてるよね?」
 ケイが尋ねると、レンが顔を赤らめた。
「覚えてるよ」
 ケイはレンに近付き、耳打ちした。
「今夜、私の寝所に呼ぶから準備をしておいて」
「!」
「後で人をよこすから」
「あ、ああ……」
 レンの声は上ずっていた。その様子に、ケイは笑みをもらした。
「かわいいなあ」
「…………」
 レンの顔は耳まで真っ赤だった。
「じゃあ、後でね」
 ケイはそう言って、レンに背を向けて歩き出した。今夜の事を思うと、心が躍って仕方がない。準備は入念にしておかなければとケイは思った。
 するとその時、
「ケイ!」と、レンに呼び止められた。
 ケイは振り返った。
 レンが愛おしそうな目でケイを見つめている。そして、
「好きだ」と、万感の思いを込めるように言った。
 その瞬間、ケイの体を温かいものが流れた。ケイはたまらずに、レンの元に走って戻ると、レンを抱きしめた。
 レンも今度は拒まずに抱きしめ返してくれた。ケイは、体も心も温かくて幸せに満たされた。
 ケイがレンを見つめると、レンもケイを見つめ返してきた。
 二人は、どちらともなく顔を近づけると、唇を重ねた。
 やがて離れた二人は、目を合わせたまま笑い合った。
「もう戻りたくない。このままレンと一緒にいたい」
「ダメだよ。ちゃんと戻らないと」
 台詞とは裏腹に、レンの声は甘かった。
「もう少しだけ、一緒にいよう?」
 ケイがレンの方に手を差し出すと、レンがその手を握ってくれた。
 二人は手をつなぎ、歩き出した。
 レンが時折周りを気にする素振りを見せたので、ケイはなるべく人目につかない道を選んで歩いた。
 二人は、庭園の一画にある長椅子に並んで座った。ここならそれほど人目にはつかない。
 二人は手をつないだまま、体を寄り添わせ、たまに目を合わせてほほ笑みあった。
「こうしているだけで、すごく幸せだ」
 ケイが言うと、レンも、
「俺もだよ」と言った。
「ねえ、もう一回好きって言って」
 ケイがねだると、レンはケイを見つめて、
「好きだよ」と言った。
 ケイはうれしさがこみ上げて来て、自然に顔がほころんだ。
「もう一回」
「なんだよ。何回言えば気が済むんだよ」
「だって、レンはこれまで一度も好きって言ってくれなかったから」
 ケイが言うと、レンが記憶を辿るようなそぶりを見せ、
「そうだっけ?」と言った。
「そうだよ」
 ケイはレンを睨んだ。そして、
「いつも私ばかり好きって言ってて、レンからは全然言ってもらえなかった。私は不安で寂しかった」と本音を打ち明けた。
 すると、レンがいたずらっぽい笑みを浮かべた。
「それなら、いくらでも言ってやるよ。好き好き好き好き」
「レン!」
「ハハっ」
 ケイはレンの両腕をつかみ、
「そんな事言うならこうだ」と言うと、レンを長椅子に押し倒した。そして、レンの額や頬に口づけの雨を降らせた。
「ダメだよ。こんなところで」
「知らない。レンのせいだから」
「もう」
 ケイはレンと過ごす幸せな時間に、心が満たされるのを感じた。

 

~終わり~


「次へ」ボタンで四コマ漫画へ飛びます

© 2020 色葉ひたち

bottom of page