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聖なる闇の賛歌

その3~カミル~ (5)

 翌日の朝。
 カミルは洞窟の祭壇での祈りを終えると、家の中に戻った。カミルが戻ったのとほぼ同時に、サラディンが部屋から出て来た。
「あ、おはようサラディン」
 カミルはサラディンに歩み寄った。
「今日は天気良くなりそうだし、川に行って洗い物をしてくるよ」
「そうか」
「サラディンも一緒に行く?」
「いや、私はいい」
「そっか。じゃあ、洗うものあったら出して」
「それもいい」
「え? 遠慮するなよ」
「別に、遠慮ではない」
「……そういえば、サラディンってなんでいつも真っ黒な服なんだ?」
「暗い色の方が落ち着く」
「暗い色が好きなんだ?」
「まあ、そうだな」
「へえ、でも確かに似合ってるよ」
「おまえこそ、いつまで祭服を着ているつもりだ?」
「確かに、そうだね」
 カミルとレイナスは、祭服しか服を持っていない。しかし、教会に入ることすらできない自分が、祭服を着ているのはおかしな話ではあった。
「そのうち、服を作ろうかな」
と、カミルが言うと、サラディンが
「裁縫もできるのか?」
と訊いてきた。
「結構得意だよ。正直裁縫は、レイより上手にできる」
「そうなのか」
「何か直したいものがあったら、言ってくれれば俺が直してやるよ」
 カミルは得意げに言った。
 その時、レイナスの部屋のドアが開いて、レイナスが出て来た。
「レイ!」
 カミルは、手助けが必要かと思い歩み寄ろうとしたが、レイナスは自分の足でしっかり歩いてきた。
「おはよう、カミル」
「おはよう。もう大丈夫なのか?」
「うん。もう普通に動けそうだよ」
「よかった」
 カミルは、レイナスの様子に安心した。
「二人で何を話してたの?」
「俺が裁縫得意な話。俺、結構上手だよな?」
 カミルが言うと、レイナスが笑った。
「そうだね。カミルは器用だから、縫物得意だったよね」
「ほら、言っただろ?」
 カミルはサラディンを見やって言った。
「なんでそんな話になったの?」
 レイナスが尋ねた。
「俺たち祭服しか持ってないから、そのうち服を作ろうかなって思って」
「へえ、いいかもね。カミルは祭服似合ってるけど」
「そう?」
 カミルがその場で回って見せると、レイナスが笑いながら「うん」と答えた。
「レイ、体の具合はもうほんとに大丈夫?」
「うん。もうすっかり」
「それじゃさ、今日俺、川に洗濯しに行こうと思ってるんだけど、一緒に来る?」
「うん。行くよ」
 レイナスは即座に答えてうなずいた。
 カミルはサラディンを見た。
「本当に一緒に来ない? 一人でここにいてもつまんないだろ?」
「本当にいい」
「じゃあ、やっぱり服は洗ってやるよ」
 カミルがサラディンの服の袖口を引っ張った。サラディンが困ったような呆れたような表情を浮かべた。
「おまえはしつこいな。だったら頼むから、それでいいか?」
 カミルはその答えに満足してうなずいた。

 カミルとレイナスは、山から一番近い川に行った。二人で服を洗い、近くの木の枝に掛けて干す。レイナスが魔術を使って、高い木の上の方にまで服を干した。
「便利だな」
 カミルは、洗濯物を見上げて言った。天気が良いから、今日はよく乾きそうだ。
 カミルとレイナスは、着ていた祭服を脱いだ。大体、洗濯に来た時は水浴びもする。
 川の流れは緩やかで、カミルのももぐらいの深さだ。水は冷たいが気持ちいい。
「すっきりするよな。レイはずっと寝てたから、体気持ち悪かっただろ?」
 カミルが言うとレイナスがうなずいた。
「うん。一緒に来られて良かったよ。すごく気持ちいい」
「サラディンも来ればよかったのな」
「……カミル」
「ん?」
「カミルがサラディンとすごく仲良くなってたから、びっくりしたよ」
「あ、そうだよな。レイが寝てる間に変わりすぎだよな」
「カミルは、サラディンが好きなの?」
「え? うん。サラディンみたいな人好き、かな」
 カミルは素直にそう答えた。サラディンは一見とっつきにくいが実は優しいし、物の考え方が自分と似ているのか、色々なことが共感できる。なんとなく、自分とは性が合っている気がする。人の気持ちに敏感で繊細なところや、きれいな見た目も惹かれる理由だ。
 カミルがサラディンのことを思い出していると、突然大きな水音が聞こえた。気が付くと、レイナスがカミルの傍に来ていた。レイナスは、怖いぐらい真剣なまなざしをカミルに向けてきている。
 そして、
「僕は、カミルが好きだ」
と言って、カミルを抱き寄せた。
 カミルは、驚き過ぎて声も出なかった。ただ、されるがまま、レイナスに抱きしめられていた。二人とも下着しか付けていないから、レイナスの肌が自分の肌に直接触れている。肌と肌が吸い寄せられるような感触に、カミルは胸が高鳴るのを抑えることができなかった。
 レイナスは、カミルの後頭部を右手で押えると、カミルにキスをしてきた。昨日の触れるようなキスではない、吸い付くようなキスだ。今度は、とても気のせいだなどと思えそうになかった。
 カミルは、我に返って、両手でレイナスを押しのけた。二人は川の中でよろけた。カミルは、体が火照り、頭に血がのぼって何も考えられなくなった。そして、無意識に川から走って出ると、脱ぎ捨ててあった祭服を掴んで、そのまま家に瞬間移動して逃げてしまった。
 カミルが逃げた先は、家の居間だった。自分の部屋に行けば良いものを、混乱していたのか居間に来てしまっていた。
 そして、間が悪く、居間にはサラディンがいた。サラディンはカミルの姿を見て驚いた表情を浮かべた。
「カミル、どうした?」
 カミルは下着姿のまま全身ずぶ濡れで、祭服を抱えて、しかも、おそらく今にも泣きだしそうな顔をしている。カミルは、恥ずかしさのあまり、何も答えずに自分の部屋に入ってしまった。
 カミルは、崩れ落ちるように部屋の床に座り込んだ。胸がドキドキして止まらない。
《どうしよう、どうしよう、どうしよう》
 レイナスは自分を好きだと言った。あの目は、真剣そのものだった。
《俺、どうしたらいいんだ?》
 カミルは、床に座り込んだまま茫然とした。

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