色葉ひたち
海底の王国
後日談 大地視点
坂戸大地(さかどだいち)は海辺の街に住む高校生だ。
大地には氷川湊斗(ひかわみなと)という同じ歳の幼馴染がいる。母親同士の仲が良かったから、小さな頃からよく一緒に遊んでいた。湊斗は小さな頃、よく女の子に間違えられた。高校生になった今はさすがに間違えられる事はないが、中性的な顔立ちは昔と変わらない。
もう一年前になるが、大事件が起きた。
大地が運転するボートで、湊斗と二人で海に出た時に船が転覆してしまったのだ。大地はすぐに助けられたが、湊斗が行方不明になってしまった。それから十か月の間、大地は罪悪感に苛まれる日々を送った。
ところが、二か月前に奇跡が起きた。十か月もの間行方不明になっていた湊斗が、突然街に帰って来たのだ。大地にとってそれは、大きな喜びだった。十か月間、心を覆っていた暗い影が、一瞬にして消え去った。
十か月も行方不明だったのに、湊斗は以前と変わらず元気な様子だった。
しかし、一つだけ、大きく変わった事があった。
それは、湊斗がヴェルナーという名の、正体不明の美少年と共に帰って来た事だ。
湊斗は彼を恩人で友だちだと説明したが、どう見てもそうは見えなかった。
《あの二人、絶対できてるよな》
二人が友だち以上の仲である事は明らかだった。まず、二人の互いを見る目が、見ているこちらが恥ずかしくなるぐらい、好きという気持ちにあふれている。一緒にいる時の距離も近い。そして、何より、ヴェルナーが大地に向ける敵意だ。ヴェルナーは嫉妬深い性格らしく、大地が湊斗と親し気に話していると、冷たい目でこちらを睨んでくる。
大事な幼馴染が無事に帰って来てくれた事は喜ばしい事だが、男の恋人を連れて帰った事については複雑な気持ちだった。
二人が付き合っているのは明らかだが、当の本人たちは隠そうとしている様子なので、大地はその事に触れずにいた。
ある日の下校中、自宅に向かう道の途中で、大地は湊斗の母親とすれ違った。
「大ちゃん、今帰り?」
「はい。こんにちは」
大地は挨拶をした。
湊斗の母親は依然と変わらない元気な様子だった。その表情を見て、大地はほっとした。
湊斗が行方不明になってからの十か月間、湊斗の母親はすっかり憔悴してしまって、とても見ていられなかった。その原因は自分が作ったものだったから、大地は湊斗の母親に対し、申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だから、こうして元気な姿を見ると心から安心するのだ。
「大ちゃんにも、随分心配を掛けて申し訳なったね」
「いえ。湊斗が帰って来てくれて、本当に良かったです」
「本当にね。今でも信じられないぐらいよ」
「本当に、奇跡ですよね」
「ただ……」
湊斗の母親がそう言いかけて笑った。そして、
「男の子の恋人を連れて帰ってきたのはちょっと驚いたけど」と言った。
「え?」
湊斗の母親の言葉に、大地は耳を疑った。
湊斗はヴェルナーとの仲を隠している様子だったが、家族には明かしているのだろうか。
大地の様子を見た湊斗の母親が、
「あら、ごめんね。大ちゃんは気付いてるかと思って」と言った。
「いえ、気付いてましたけど……」
湊斗の母親が笑った。
「そうよねえ? 大ちゃんは気付いてるだろうと思ってたわ。湊斗は大ちゃんには話してるの?」
「いえ、湊斗からは聞いてません。湊斗は隠したがってるみたいなので……」
「そう。大ちゃんにも話してないの。言いづらいのかねえ。私たちにも話してくれなくて。言ってくれればいいのにね」
「おばさんたちにも話してないんですね」
「そうなの。でも、湊斗は一生懸命隠そうとしているみたいだから、何となくこちらからは訊きにくくてね。構わないから言ってくれていいのにね」
大地は唖然とした。湊斗の母親は、息子が男と付き合っている事に全く抵抗がないようだ。いや、元々抵抗がなかったというよりは、一度死んだと思った息子が元気でいる事以外、何も望む事はないのだろう。
「俺から言ってあげましょうか? もうみんな気付いてるから、隠さなくても大丈夫だって」
湊斗の母親が笑った。
「いいよ。そのまま放っておけば」
「そうですか?」
「だって、隠してもらってるぐらいでちょうどいいもの。そうじゃなきゃ、渚冴(なぎさ)の手前もあるでしょ?」
渚冴というのは湊斗の弟だ。確かに、兄が同居している男と恋人だと知ったら、相当なショックを受けるだろう。まさかそんな事はないだろうが、家の中でいちゃつかれては、家族は困るに違いない。
それから数日後の土曜日。
海辺の道を歩いていると、海岸に湊斗とヴェルナーがいるのが見えた。二人は寄り添うように立って海を眺めている。
《ほんと、ラブラブだよな》
大地は声を掛けようかと思ったが、邪魔をしては申し訳ないと思い、遠目に二人の姿を見つめた。
湊斗とヴェルナーは時折顔を見合わせてほほ笑み合いながら話をしている。
大地は幸せそうな二人の姿に、羨ましさを感じた。
《俺も早く彼女作ろ》
そう思いながらその場を後にし、歩き出した。
~終わり~
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