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夢幻記

その9~夢~

 今日は宴が催される日だ。
 ユリウスとイーヴォは城にやって来た。大広間にはテーブルがロの字型に配置され、様々なご馳走が所狭しと並べられていた。たくさんの人が談笑をしている。みな貴族だから、上質な服を身に纏い着飾っていた。
「ユリウス」
 リーンハルトがユリウスの姿を見つけて駆け寄って来た。
「リーンハルト様」
 ユリウスはリーンハルトに一礼した。
「今日は肉料理をたくさん用意させたから、遠慮なく食べて。あと、イーヴォのためにバナナパイもたくさん用意したから」
 イーヴォがうれしそうに「やった」と言った。
「肉って……。それじゃ『焼肉』の喜びが半減するんじゃ」
 ユリウスがつぶやくと、リーンハルトはユリウスの肩を叩きながら、
「いいじゃないか。好きな物はいくらでも食べられるだろ?」と言って笑った。
「まあ……」
「僕はこれから弓術の披露があって行かなきゃならないから、終わったらみんなにユリウスを紹介するよ」
 リーンハルトはそう言って慌ただしく去って行った。
 とはいえ、ユリウスの事はみなに知られているらしく、見知らぬ貴族たちが次々とユリウスの元にやってきて、「君が噂の竜使いか」と話しかけて来た。なので、庶民のユリウスが居ても、居心地が悪いということはなかった。
 しばらくして、リーンハルトの弓術披露が始まるとの案内があり、人々が城の外に移動した。
 広い敷地の先に的が置かれ、的から離れた場所に壇が設けられていた。リーンハルトが檀上に現れると人々が大きな拍手を贈った。
 リーンハルトは弓と矢を手に取ると、真剣な表情で矢を番え、弓を引いて矢を放った。矢はまっすぐに飛び、的を見事に射抜いた。人々から大きな拍手が沸き起こる。いつもニコニコしている印象のリーンハルトの真剣な表情に、まるで別人を見ているようだとユリウスは思った。
 リーンハルトは十二本の矢を放ち、そのすべてを的に的中させた。最後の一本が命中すると、人々からは一際大きな拍手と喝采が贈られた。隣にいた貴族が拍手をしながら「リーンハルト様は学問にも優れ、文武両道、直に王になられるお方だ。そんな方に仕える事ができておまえは幸運だったな」と言った。
 人々は広間に戻って行った。ユリウスも人の波に乗って戻ろうとしたが、少し離れた場所から的の方を見つめているライムントの姿に気付いた。
「どうした? ユリウス?」
 立ち止まったユリウスにイーヴォが尋ねた。
「あそこにライムント様がいる」
「あ、ほんとだ」
 ユリウスとイーヴォはライムントのいる場所へ歩いていった。
 ユリウスが近づくと、ライムントもユリウスに気付いた。
「どうしてこんなところにいらっしゃるんですか?」
 ユリウスがライムントに話しかけると、ライムントが、
「人が多いのは好きではない」と答えた。
 すると、イーヴォが、
「おまえはリーンハルトみたいな出し物はやらないのか?」
と、無神経な質問をライムントにしたので、ユリウスは肘でイーヴォの腹を突いた。すると、ライムントが微かに笑った。
「別に構わない」
「すみません」
 謝るユリウスに、ライムントが「私の出し物が見たいか?」と言った。
「え?」
 イーヴォが「何かできるのか?」と尋ねた。すると、「ついて来い」とライムントが言って歩き出した。
 ライムントは、先ほどリーンハルトが矢を放った檀上に上がった。貴族たちは全員中に戻ったので他には誰もいない。ユリウスとイーヴォも檀上に上がった。
 ライムントが弓と矢を手に取った。そして、矢を番えて的に向かって弓を引くと、矢を放った。ライムントの放った矢は、勢いよく的の中央に命中した。
 ユリウスもイーヴォも、茫然として言葉を失った。ライムントは静かに弓を元の場所に戻すと「満足か?」と二人を振り返って言った。
 イーヴォは「できるなら、おまえもやれば良かったのに」と言った。
 すると、ライムントが微かに笑った。
「一人やれば十分だろう。だが、できないからやらないのだと思われるのは心外だからな」
 確かにユリウスは、ライムントは体を動かすのは苦手なタイプだと勝手に思っていた。しかし、どうやらそれは、偏見だったようだ。
 ライムントが「では、会場に戻るか」と言って歩き出した。いかにも、ライムントも宴の会場に入るというような口ぶりに聞こえたので、ユリウスは慌てて「ライムント様も一緒に行かれるのですか?」と尋ねた。
「悪いか?」
「いえ、さっき人が多いのは苦手だとおっしゃられていたので」
「矢を放って気分がすっきりした。久しぶりに宴に出てみるのも良いかもしれない」
 ライムントはユリウスにそう答えた。
 ライムントが大広間に姿を現すと、明らかに貴族たちが騒めいた。滅多に姿を現さない王子が現れたから、みな一様に驚いている、といった様子だ。
 ライムントは檀上の王と王妃に歩み寄ると一礼した。王も驚いた様子だ。
「ライムント、宴に顔を出すとは、珍しいな」
「たまには顔を出してみようかと」
 王がユリウスに目をやった。
「そちも来ていたか」
 ユリウスは跪いた。
「本日はお招きいただきありがとうございます」
 流れでライムントに付いてきてしまったが、本来であればリーンハルトに連れられて挨拶をするべきだったかもしれない。ユリウスは微妙な感じになってしまったと内心思った。
 案の定、
「それにしても、リーンハルトではなくライムントと共にいるとは」と王が少し不思議そうな顔をした。
 すると、ライムントが、
「ユリウスには、私にも重ねて仕えてもらう事にしました」と言ったので、一同が驚いた。特に、檀上の王妃は、それまで穏やかな表情を浮かべていたが、明らかに顔を引きつらせた。ユリウスは嫌な空気だ、と思った。
 しかし、王は笑みを浮かべて、
「良いではないか。王子二人が竜に守られているのであれば心強い」と言った。
 ライムントは王にもう一度頭を下げて、「ありがとうございます。では……」と言うと、その場から去った。ユリウスも慌ててライムントの後を追った。
「あ、あの……」
 ユリウスがライムントになぜあんなことを王の前で言ったのか尋ねようとした時、進む先にリーンハルトがいるのに気付いた。こちらを見つめるリーンハルトの表情に、ユリウスは《怒ってる?》と思った。いつも穏やかなリーンハルトだが、目の前にいる彼の表情は微かに怒気をはらんでいるように見えた。
 しかし、ライムントが目の前に来ると、リーンハルトは落ち着いた表情で頭を下げた。
「兄上が宴にいらっしゃるとは珍しいですね」
「久しぶりに出てみたが、やはり人が多いと疲れるな」
「なぜユリウスと一緒に?」
「ああ、外で偶然会った」
「そうですか。……なぜ、王様にあんな事を?」
 ユリウスが訊こうと思っていたことを、リーンハルトが代わりにライムントに尋ねた。
「言っておかないと、私がユリウスと共にいた時におかしく思われるだろう? 聞いているかもしれないが、私はユリウスと契約を交わしている」
「はい。聞いています」
「だから言った。それだけだ」
「では、ユリウスと契約したのはなぜですか?」
「ユリウスとイーヴォを描きたかったからだ」
「そうですか……」
「私はもう疲れたから部屋に戻る」
 ライムントはそう言うと、大広間から出て行ってしまった。
 リーンハルトはライムントの後姿を、姿が見えなくなるまでじっと見つめていた。そして、ユリウスの方に視線を移した。
 ユリウスは慌てて頭を下げた。
「勝手にいなくなってすみませんでした」
「別にいいよ。ちょっと探しちゃったけど」
「ごめん……」
「だから、いいって。それより、肉もう食べた?」
「いや、まだ……」
「じゃあ、行こう」
 リーンハルトがいつも通りの笑顔でユリウスを先導したので、ユリウスはほっと胸を撫でおろしてリーンハルトについて行った。

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